肉食と菜食と

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妻です。

今日はちょっと考えごと。

 

昨日Facebookを見ていたら、

動物の毛皮の反対運動を行っている方の投稿が流れてきました。

気になってウォールを覗きにいったらビーガンの方だったようで、

”動物愛護の観点から菜食主義をしている人間は、

肉食者とは決して歩み寄れないし、並走するなんてまっぴら御免だ”、と

そのようなことが書かれている投稿があって、

少しこころが痛みました。

私は肉食者。それも肉ばっかり食べていますからね。

 

その方のウォールを見に行ったのはただ単に、

動物の毛皮の問題について、こころが動いたから。

確かに今まで考えたことなかったけど、

ファッションのために動物の命を奪うことは私もおかしいと思う。

あれそういえば私が着ているモンベルのダウンジャケットは、

どんなふうにここへたどり着いたのだろう。

 

私は肉食だけれど、動物はとても好きです。

生き物には、やさしくありたいと思う。

けれど私が生きていると、無数の生き物の命を奪ってしまう。

食べる。

ペット産業。

保健所での動物の殺処分。

動物実験。

毛皮産業…

私の生きている社会が、それらを含んで成り立ってる。

でも、大きな動物だけじゃない。

農業で撒く農薬ではたくさんの小さな虫が死んでしまうし、

農薬や生活排水で水が汚れて、やっぱりたくさんの生き物が死んでしまう。

森も、死んでしまう。すみ家を失う生き物がいる。

夏になれば蚊を叩いて殺してしまう。ゴキブリも。

出来る限り、殺さずにいられたらと思っている。

だけど、生きている限り、どうしてもゼロにはならない。

 

でも、やっぱり出来る限り、と思うから、

夜中に何度起こされようと蚊取り線香は使わないし、

ゴキブリも、殺虫剤ではなく叩くか、捕まえて放す。

クモやちいさな虫も、捕まえて、外に放す。

1対1で向き合って、駄目なら諦める。

水を汚す洗剤は使いたくないから、

洗剤選びを気を付けたうえで出来る限り使用量を減らすし、

最近は洗剤なしで洗える、マグネシウム入りネットを見つけてそれで洗ってる。

シャンプーも、石鹸も、台所洗剤も、使わない。

十分ではなくても、いつだって、

出来る限り、と思ってる。

 

でも、お肉はたくさん食べる。

ときどき、しんどいなって思うこともあるけれど、休みながらも、食べる。

命を、つなげないといけないから。

息子を、健康に育てて、強く、生きていけるように、しないといけないから。

そのためには、たくさんの動物性たんぱく質が必要なのだと、

私も、主人も、思っているから。

正直自分だけなら、今から菜食主義者になってもいい。

貧血がひどくても、体調が優れなくても、別にいい。

でも、息子がいる。

息子はまだ2歳で、人生はまだ始まったばかり。

私は親として、出来る限りのことをして、彼を社会に送り出したい。

肉食がいいと思うのは、あくまで私と主人の結論で、

それがすべてではないけれど、

親は、親の思う一番良いことを、子どもに与える。

だから、ときどき、

たくさんの動物の命を食べて生きることに苦しくなっても、

私は肉食であり続ける。

生きる、ということは、少なからず、そういう苦しみとともにあるのだと思うから。

それが、息子を健康に育てるために、必要なことだと思っているから。

あくまで私と主人が今、そう、思っているから。

これから変わるかもしれないし、

どれだけでも変わればいいと思う。

 

世の中に、問題はたくさんある。

ほんとうに、ほんとうに、たくさんある。

だからってどれも仕方ないじゃないって諦めるわけでも放置するわけでもない。

けれど、

まずは自分を強く、健康にすることが、

まずは子どもを健やかに育てることが、

私には一番大切なこと。

自分をしっかり立てることができてようやく、

自分に出来る範囲で、自分に出来る限りで、

社会に、環境に、世界に、関わっていきたい。

自分を疎かにして、

子どもを疎かにして、

出来ることなんて、ないと思うから。

 

主人に断糖肉食を勧められたばかりのころ、

「健康、健康って、そんなに健康って大事なの???」ってイラついたことがあったけれど、

今ならよく分かる。

自分が健康であることって、ものすんごく大事。

子どもを健康に育てるには、自分が健康でなければならないのだもの。

 

こうゆうのを、自己中って言うのかもしれない。

まあ、そう思われても仕方がないか。

菜食主義者に嫌悪感を抱かれるのも、仕方がないな。

私にもひとり、ベジタリアンの友達がいるから、

「彼女にもそんな風に思われているのだろうな」って、

どうしても、こころが痛んでしまうけれど。

でも、ただただ、子どものことを考えているのだと、

分かってもらえる人にだけ、分かってもらえたら、いい。

 

実家で暮らしていたころ。

それでも比較的食事には気を使っている家庭で、

野菜は知り合いの無農薬農家に毎週届けてもらって、

調味料やお肉、乳製品はパルシステム(生協)で買って、

病院には滅多なことでは掛からず、薬も飲まず、

シャンプー、洗剤類はすべて石鹸を使ってた。

”自然派”みたいな感じのジャンルになるのかな?笑

けれど今になって思うと、

圧倒的に動物性タンパク質の量が少なかった。

砂糖の量も、多かった。

大学時代、社会問題を扱う学部に在籍していて、

「私たちが変わる、私たちが変える」をモットーにずっと活動していたけれど、

関われば関わるほど問題に巻き込まれて、

自分がどんどん曖昧に、弱くなっていくような感じがした。

問題に依存する、っていうのかな。

とにかく、とても不安定だった。

専門学校時代に「君は根無し草みたいだ」と教諭に言われたことは、

あまりに的を得すぎていて辛かったな。

 

だけど今、少しずつだけれど、自分の足で立つということが、

30年生きてようやく、実感できるようになってきた。

それは、食事を変えたことと、子どもを産んだこと、

ほんとうに、そのお陰としか言いようがない。

あと少し、もう少し。

今まで散々砂糖を食べて、適当な食事をしてきた、そのリカバリー。

もう少し、もう少し。

 

長くなりました。

たくさんの命を毎日頂いて生きているからこそ、

良く、良く、生きていたいと思うのです。

自分を強く保てるようになってこそ、

社会に、問題に、関わってゆくことが出来るのです。

だから、私は今日も、お肉を食べるのです。

そんな、お話。